その水溜りの深さは

日記

一説によると、人間は年齢が27歳を越えてくると新しいジャンルの音楽を受け入れることがかなり難しくなるようで、以降は昔聴いていた曲やジャンルの音楽を好んで聴くようになるらしい。全員がそうとは限らないし、幸い僕にはまだその傾向は見られないが、映画に関してはちょっと話が変わってくる。

学生時代は毎晩のように色んな映画を見てはフィルマークスに感想を書いたり友達と考察を語り合ったりしていたのに、今では1本観るのにもかなり体力を使うようになってしまった。少し悲しい。もっと往年の名作と言われるような作品を観ておくべきだった。今の僕は多分、「ショーシャンクの空に」を観るのに3日はかかる。あれだけ毎晩観ていたというのに、タイタニックフォレストガンプもショーシャンクも未だに未鑑賞である。何を観ていたんだ俺は。トランスフォーマーなら5回は観た。風立ちぬは11回。

今もmid90sを途中で止めてしまった。何だか集中出来ない。こういう時は無理して観ることはなくさっさと寝るか別のことに切り替えた方がいい。だからブログを書くことにした。

 

今日は早起きしたのにも関わらず、ずーっとダラダラ過ごしてしまった。最近何だか無気力気味である。まあ理由は何となく分かる。

 

ついこの間、久々に会った友達がいる。毎度夜更けまで僕の話に付き合ってくれるヤツで、相当偏っているが相当頭の切れる人なので毎度話すたびに新しい気づきがあるので、彼に関してはすごいなあ、と思うばっかりだ。いやマシで。この前も僕には何かに一生懸命になるエネルギーがないことをそれとなく伝えたところ、自分が幼い頃から純粋に楽しんでいたものは何か思い出すといいと助言をくれた。

 

地元にいた時のことは、いじられた記憶と毒親(こういう表記はしたくないけどこれしかない)、塾、なんで行っていたのか全く理解出来ない習い事の記憶で上書き保存がされているのであんまりいい思い出はないのだが、いい加減その上塗りされた壁をひっぺがす必要があるのかもしれない。改修工事前のほうが意外といい物件の可能性もある。まあ改修しても改善はされてないからなあ。匠、失敗してますよ。

 

子供の頃、まだゲームが身近になかった僕は友達がドラクエポケモンの話をしているときに全然ついていなくて、お菓子の空き箱なんかでお手製のファミコンを作って遊んでた。ご丁寧に画面まで書き込んで。ただ当たり前だが悲しいことにどんなに手作りコントローラーをガチャガチャしても画面は応えてくれないので、ノートに1ページずつ戦闘シーンやイベントシーンを書き込んでゲームの代わりにしてたな、敵モンスターまとめた攻略本まで作った。

 

狂人じゃねえか。安心した、何にも狂えないとか言ってたけどそんなこともないみたいだ。

 

願わくは、その頃の気持ちが今の僕にも宿っていてほしい。