その水溜りの深さは

ロングスリーパー

廊下の電球が切れていたことに気が付いてから、約一か月近くが経つ。

どうせ寝るときには使わないんだし、日中に家にいることなんてほとんどないんだから、いっそこのままでもいいやと思えてきた。

几帳面な人やしっかり者なら気が付いた次の日の仕事帰りにでもスーパーに立ち寄り、替えの電球を補充した後に手際よく交換するんんだろうな。

そのどちらにも該当しない俺の部屋はお察しの通り、常に散らかっている。いや、散らかっているなんて可愛いもんじゃない。

今日も明かりのない廊下をスマホのライトを頼りに進んでいくと、自分の部屋ながら何か事件が起きたんじゃないか心配になるほどだ。脱ぎっぱなしの服や缶ビールの空き缶は、それぞれがその時から時間が止まっているように思えてくる。

セーブデータが1つのファイルに上書き保存されているのではなく、バラバラになって保存されているような状態だ。だからこの部屋はワンルームだけれど、この空間自体はバラバラである。

そういえば昨日も仕事着のままリビングの電気もつけっぱなしで寝てしまった。

その時の俺もそこらに転がる空き缶と一緒だったんだろうか。

そうなってしまうのが毎日の仕事疲れなのか、無理して夜更かししているせいなのか、退職の話をボスに打ち明けたせいなのかは分からない。まあ多分全部なんだろうけど。

 

若しくは、今まで口だけ達者だった自分が溜め込んだツケなのかもしれない。

実際のゲーム機は動かないままだとスリープモードになってその活動を停止する。

俺はずっと眠っていたんだろうか。

 

ならまだいけるよな。

 

※部屋が汚いのと明日からも頑張ろうって話です。

この心が揺れる時

分かってる。先ずは言い訳から始めさせてほしい。

思いついた時は自分のネーミングセンスに酔いしれたもんだ。

 

なにかと動作が遅い俺は、ブログの内容やタイトルを考えてから実際に書くに至るまで数日間かかるようなことも多々ある。

今回の投稿もそれに該当するのは言うまでもない。

 

「この心が揺れる時」

うーーーん、いいタイトルだ…。でもどっかで聞いたことあるんだよなあ。

まあでも、思いついた時は確かに自分で思いついたんだし。

 

まあいいか、悪かない別に。

こんな言い訳しかできない女々しい俺をどうか許してほしい。この話はブログに残しておきたかったんだ。

さてさて、読者の方々は一体どんな時に“心が揺れる”時を感じるのだろうか。

 

仕事で成果を残した時。

友達と朝まで飲み明かした時。

女の子と遊んだ時。

趣味を全力で楽しんだ時。

 

色んなケースがあると思う。逆に、どのケースも当てはまらないことだってあるとも思う。

俺は一体どっちなんだろう。それが分からないまま、流れに流され、25年間、嵐の後に漂う流木のように周りに流されここまで生きてきた。

今年で26歳、青臭い理想を語るだけの年齢ではないことは重々承知しているつもりだ。飲み会の次の日や、惰性でこなしただけの雑務の後に感じる虚無感とは、いい加減おさらばしたいところである。

今の俺に出来ることがあるとすれば、そんなどうしようもない自分の日常や、それに付随する感情を文章にして、このブログに残すことぐらいだ。

そんな愚行がこの先役に立つのかは全く予想もつかない。

それでも、いつかこの心が揺れるその時を信じて、拙い文章を綴っていこうと思う。

 

P.S

自分の文章を見直すと、どうも歪んだナルシズムを感じていまうことが多い。

いつか、その話題についてもこの場所で書くことが出来るといいな。


EVISBEATS【MV】ゆれる feat. 田我流

 

 

 

 

 

 

 

 

毎日が月曜日

惜しい!

あと1日ズレていればユートピアの完成だったのに…。

我が社(会社かどうかはとりあえずここでは置いておこう…)が営む清掃業は、この時期に大変な繁忙期を迎えていた。

春、出会いと別れの季節。

やっと桜が咲いたかと思えば、ほんの少しの間に散ってしまう。

新しい季節の訪れに高揚する心のなかには、ほんの少しの不安が同居していて、そしてその感情は散りゆく花びらのように儚く、脆く、少しの時間が過ぎれば気付かないうちに何処かへ飛んでいってしまう…。

 

なんてことを考える余裕はない、むしろ余裕があってもそんなに考えない。

今日も今日とて、心も頭も空っぽのまま落ちていた花びらを塵取りで集めてはゴミ袋に突っ込んだ。

次から次に仕事が詰め込まれてくる。嫌でもやってくる明日とこれに対する憂鬱に抗う感覚は、タイトル通り毎日が月曜日のようである。

 

ただ、俺がこの先進もうと思っている道は、今以上に過酷で、孤独で、救いようのない道のはずだ。だからこんなことで弱音を吐いてはいられない。むしろ、そんな状況もネタになるなら記事を書けるし、マイナスなことも料理の仕方によればとんでもない絶品に仕上がることもある。

どんな時でも常にアンテナを張っておくことが、この先功を奏する為に必要なスキルなはず。

今はそれを信じることに賭けてみたいと思っている。

 

昨日

3月17日。日曜日。

今月に入ってから2回目の休みだったこの日は、充実していたと思う。

起床は9時30分、この時刻を早いと思うか遅いと思うかは人それぞれだけれど俺からしたらかなり上出来な方だ。夜明け前に起きるのと同等なくらいある。よくやった俺。

日頃は分刻みのスケジュールのなか迫り来る仕事と戦っている代わりに、休日は時間の概念なんてどうでもいい。最近、腕時計をつけなくなった。あとせっかちな人が少し苦手になった。

起きたらだらだらとスマホをいじる、ことなく家事と各種支払いを片付けた。

おかしい、俺にしては手際が良すぎる。普段なら絶対にこんなこと出来ない。でも、今日は出来てしまったのだ。(これ以上自画自賛するとバッシングが凄そうなのでやめておこう)

 

友人が1人泊まりに来ていたので、彼と近くの銭湯に行った後に、二日市まで後輩が働いているハンバーガーショップまで昼飯を食いに行った。

余談だけど晴れた日の昼に入る温泉は格別に気持ちがいい。風呂で考え事をすることが多いんだけど、やっぱりボーッとするのって最高だな。今日は本当に頭カラッポでお湯のなかでふやけているだけだった。

ハンバーガーも美味しかったし、言うことなし!

 

ちなみにここまでの移動手段は全部バイクである。二日市までは約30分なので、プチツーリングみたいな感じだ。後ろに人を乗っけるのは怖かったけど、風呂上がりに少し冷えた風をあびながら運転するのも、また格別。

その後は一旦バイクを降りて天神に向かって馴染みの古着屋を数件回った後、博多に移動して陽が高いうちから酒を飲んだ。

あまり深酒はしていないが、家に帰り着くとそのまま倒れるように眠った。いやむしろ眠るように倒れたと言った方がいいかもしれない。

ループする日常への不安を拭うかのように過ごした1日だった。

満足感と明日から始まる連鎖する日常に恐れを抱きながら、俺の休日は幕を閉じたのであった。

 

 

黒に染まりし者

ある一人の青年がいた。

青年は働くことの意味を理解していなかった。また、理解しようともしていなかった。

働きたくない、それが青年にとってのささやかで、高慢な願いであったのだ。

 

青年は社会へと出た。

どんなに駄々をこねても、社会は彼の願いを聞き入れてくれることはないということを理解していたからだ。

青年には優れた能力は無い。特筆すべき才能も持ち合わせていない。

そして何より経験が無い。

人々の群れと共に生きる為に青年が持ちうる唯一の術は、己より強い個体に付き従い、群れのなかにある更に小さな集合体に属することで安定と保護を受け取ることであった。

しかし、打たれ弱く努力が苦手な青年にとってその一手は最善とは言えなかった。

集合体に属するだけの資格も持ち合わせていなかったのだ。

 

社会に出るのは早かったのだろうか。

俺は何をしているのだろう。

何で俺はここにいるんだろう。

何の為に生きているんだろう。

 

青年の頭に、様々な疑問が新幹線の様なスピードで飛び交っては、消えていく。

 

青年は考えることをやめた。

それから幾分かの月日が経った。

 

青年はついに、そして唐突に群れから飛び出した。

もう一度自分を鍛え直す必要がある。

それは青年が心に秘めていた願いとは、しばらくのあいだ決別し、反対側の道のりを歩くことになる。

それでも青年は、知らず知らずのうちに失っていた空白の時間を取り戻したくなったのだ。

 

青年の旅は続く。

 

~To be continue~

働く清掃員!バール片手に大暴れ!

今朝、帰宅後の時間を浪費しないようにとブログを更新していたが、その判断は正解だったと思う。

起きてから一時間も経っていない割には頭が冴えていたようだ。結局、23時過ぎに家に帰り着いてから、仕事の事務処理や家事をしているうちにこんな時間になってしまった。正直もう寝てしまおうかと思ったが、それは今朝の自分とこの文章を読んでくれている人たちを裏切ることになってしまう。それは自分自身にとっても失礼だし、読者(いるか分らんけど)とこのブログとの間にある関係性にヒビを入れてしまう可能性だってある。

 

ヒビ...

 

そう、皮肉にも今日の仕事はまさにヒビを入れるような職務内容であった。

午前中、ある市街地にあるマンションに呼ばれた俺は少し乗り慣れた軽自動車を走らせ現場へと赴いた。

リフォーム中のビルであったから、概ね仕上げの清掃だろうと思っていたのだが、俺の予想は外れることになる。

現場に入ると、先に仕事を始めていた上司から本日の業務内容が告げられた。

 

「はい、これで浴室のタイルを全部叩き割ってくれ」

 

差し出されたのは、1本のバールであった。

...?

清掃員だよな俺...?

 

部屋の壁をペンキで塗装したこともある。

ビルの足場に登って外壁を掃除したこともある。

まあそれはまだ分かる。

 

今回は掃除どころかただの破壊活動である。

根本はテロリストと同じではないか。

 

そういえばちょっと前にテロリストが寿司屋を経営する話を断片的に書いたことがある。その物語で握られていたのはシャリとネタだったが、現実ではバールとはこれ如何に。

ちなみに俺の思想は右でも左でもない。後ろ向きである。

そうは言っても仕事は仕事。

バールを持つ。鏡に映る自分を見る。

ああダメだこれ。完全にアウトだこれ。

パニック映画の中盤で発狂して暴れて結局そのままフェードアウトするタイプのキャラクターだコイツ。

 

そんなことを考えながら、浴室で大暴れした1日だった。

 

結局、タイルはバールよりもマイナスドライバーとハンマーを使ったほうがよく割れた。

職人が木像を掘るように、タイルにドライバーを押し当てハンマーでその柄を叩くのだ。もしこの先、タイルを割らないといけない状況になったら、どうかこの記事を思い出して欲しい。

今日伝えられることはこのくらいである。


Korpiklaani-Wooden Pints [sub español]