その水溜りの深さは

ゆるふわ禁煙日記

仕事中、食後、起床後、あらゆる場面で俺の喫煙は習慣化されてしまっている。

正直なところ健康面はあんまり気にしてないけれど、お金がバカみたいにかかるのがネックだったので、最近すご~~~~くゆるい禁煙(減煙?)にチャレンジしている。

 

俺が決めたルールは

1 別に吸いたかったら吸ってもいい。

2 貰ったものは吸う。

3 電子タバコは取り敢えずOK

の3つだ。あれ、ルールってか妥協案しかないぞ...。

 

実は先週の火曜から実施してるんだけど、水曜から金曜までは電子タバコも含めて全く吸っていない。もともと何かカッコいいっていう理由で手を出したものだったから、そんなに必要ないものだったのかなあ。

と、思ってたら土曜の飲み会で吸った。あらら、酔った勢いで誘惑に負けちゃった。

 

ただそれでも数本くらい。以前と比べたら大きな進歩だ。

ほとんど毎日財布から出ていく510円が無くなるのはだいぶ経済的である。

 

続くといいな。

アベフトシ

今日は2つのテーマで記事を書こうと思う。

今日、7月22日はミッシェルガンエレファントのギタリスト、アベフトシの命日である。

 

ミッシェルがどういうバンドとか、アベフトシがどういう人物かは俺がここで語るよりも気になる人がWikipediayoutubeで調べてもらった方が有益な気がするので省略させて頂きます。

 

高校2年生の時にスモーキンビリーを始めて聴いてから、何回聞いたのか、明確に数えてはないけど、カウントしたらかなりえげつない数字になると思う。

サークルのライブでも何回も演奏した。今でも完璧に弾ける曲といったらスモーキンビリーしか思いつかない。簡単だし。まあ俺ベースだったけど。

でもそのくらい当時の俺には衝撃的だった。

始めて音源を聞いた時、既に亡くなっているというのも不思議な感覚で、ライブ映像を何回見てもこの人はもういないって実感は湧いてこなかったな。さっきの記事に引き続き頭の悪いことを言っちゃうけど、本当にその画面のなかでアべは生きてると思ってしまうことさえあった。

「ミッシェルの曲は、曲が始まってから終わるまで俺のギターソロ」

普通こんな自信溢れる台詞言えねえよ。

 

ふと、アべって今の俺の年齢の時って何してたんだろう、と気になって調べてみた。

どうやらアベフトシは1966年生まれらしい。

ミッシェルのデビューtシングル、「世界の終わり」が発売されたのが1996年だから、30歳でデビューしたということになるな。

25、6歳で何をしていたかの情報があんまり出てこなかったから、恐らく下積み時代真っ只中ってとこだろうか。そう思うと、襟を正されたような気持ちだ。

 

ミッシェルを聞いて、「俺もこんなんになりたい!」って思って、黒いシャツ着てライブしてた頃は、今よりももっとイタい奴だったかもしれないけど、今よりもエネルギッシュだった気がする。いやまあ俺ベースだったけどさ。

 

それにしても、30歳なんてボーっとしてたらすぐ来ちゃうよなあ。

もっと大人にならないといけないけど、もう少しだけイタい奴でいていいだろうか。

 

鬼のカッティングもギターソロも弾けないけど、俺も自信満々で人に何かを伝えられる人間になりたいな。

 

R.I.P アベフトシ

 


スモーキン・ビリー / THEE MICHELLE GUN ELEPHANT

多少は渋みが欲しい

7月も後半。

仕事中に外で遊ぶ子供たちが増えてきた。ああ、そういえば終業式ってこのくらいの時期だったっけ。午前中で学校が終わる終業式はなんだか非日常で、帰り道の青空がやたら輝いて見えてたな。高学年くらいになってからは、すぐに塾の夏期講習だったから、どちらかというと憂鬱な気分になってたけど。

 

今年に入ってから、なんだか懐かしい人に会う機会が増えた気がする。

この前は高校の同級生と8年ぶりくらいに再会して飲みに行ったし(結構仲良かった、と思っている。)

大学時代の先輩とは偶然近所で再会して、週に一回は会ってるし。(割と憧れてたなあ)

一昨日は近所のラーメン屋で元バイト先の社員さんともバッタリ会った。(苦手な人だったから疲れた。)

 

数年会ってないだけかもしれないが、その当時に出来なかった遊びをしたり、話せなかったことが話せるようになっていたのは、個人的にはすごい進歩だと思ってる。

しかしまあ、会う人会う人に言われるんだけど、俺の見た目は本当に変わらないらしい。多少の体型の変化は指摘されるけど、顔つきとか、雰囲気はあんまり変わってないらしい。

天然のアンチエイジングって表現したら響きはいいけど、要するにまだ幼いってことだよな?

まだ圧倒的に暗い経験が足りないのだろうか。(辛酸を舐めれば大人っぽくなれるっていう先入観がある。)

確かにこの年齢になってもまだコンビニで年齢確認されることもあるし、もうちょっと渋さが出てきてもいいんじゃないかと思う。

それかいっそ、精神年齢だけじゃなくて身体も14歳くらいで止まっててくれたらよかったのに。俺は喜んでエヴァに乗るよ。

 

あとな、これはちょっと話が逸れるけど、丸眼鏡が似合う顔になりたかった。

丸眼鏡が似合う人は大人っぽい。これはただの偏見だけど、あながち間違ってない気がする。知性と遊び心を同居させた大人って感じがする。多分、俺は今すごく頭の悪いことを言っている。

 

まあ多分こういうことを考えちゃう幼い部分が顔つきにもでるってことなのかな。

この先どんな顔つきになるか分からないけど、夏休みの小学生を羨む気持ちは当分消せそうにない。

ハリーポッターとAVに何の違いがあるっていうんだ

最初に断っておくと、この記事は出来れば女性には読んでほしくない。

というか絶対に読まれたくない。でも思いついた以上、書かずにはいられないのが難しいところなんだよなあ。

一応、忠告はしましたからね!

 

 

 

と、前置きをするのはいささか心配し過ぎだろうか。

俺が今からここに書く内容は特別大したことではないし、偏った性差別をするつもりなど微塵もない。ただ一つの、ごくありふれたアダルトビデオの話である。

いやね、ここがエロいとかあの女優がいいとか、そんな性癖の話をしようってんじゃあないんですよ。

男性の皆さんなら一回は見たことがあるであろうアダルトビデオ。

人類皆違えど、AVを見る理由はただ一つですよね。ただ、人間はその与えられた本能から抜け出すことが出来るんです。神様が書き込んだプログラムから外れることが許された存在なんです。

その行き着く先は、進化か、バグか。

答えを知りたくなった僕は、目の前にある画面に映し出されたAVをそれはもう“真剣”に見てみたんです。性処理の道具ではなく、1つの映像作品として。

そしてふと思ったことがありました。

アダルトビデオと聞くと、よくプロの女優さんがイメージされがちですが、その作品に関わっているのは女優さんだけではないんだな、と。

男優も、カメラマンも脚本家も、メーカーに勤める営業マンだって、みんなプロなんだ、と。

当たり前のことだけれど、忘れがちなことです。

1つの作品を創り上げていくうえではたくさんのプロフェッショナルの方々が関わっていて、そんな人達のたゆまぬ情熱が、この熱狂的なコンテンツを作っていくんだと痛感した訳なんですよね。

ダニエル・ラドクリフも森林原人も、僕等を夢中にさせる魔法使いという点では何も変わらないと思いました。いい勉強になったなあ。

 

クリエイティブじゃない仕事なんて、この世には1つもないのかもしれない。

そう考えると、僕が飛び込もうとしている世界への入り口の敷居が、ほんのちょっぴり、数ミリメートルだけ低くなったような気がしました。

と同時に、この記事で結局なにが言いたいかも分からなくなってきちゃった。

 

魔法が解けてきたみたいだ、AV見て寝よ...。

 

 

 

P.S

 

明日、期日前投票に行ってきます。

 

 

 

ダイヤモンド

BUMP OF CHICKENを聴いたことがことがある人がどのぐらいなのかは分からないけど、俺の周りには多い方だと思ってる。

かくいう俺も中学生の頃はBUMP、RADを聴いていた。通過儀礼のようなものだろう。

失恋した時に遠恋を聴きながら枕を濡らしたこともあるし、中2の合唱コンクールで歌う曲に車輪の唄を提案したこともある。(却下されました...)

その頃はまだ自分がバンドをするなんて夢物語だったな...

ともかくその当時、俺はBUMP OF CHICKENを聴いていた。それは紛れもない事実なのだ。しかし、俺のBUMPer歴はここで一旦、幕を下ろすことになる。

きっかけは高校時代に知り合った一人の友人だった。

「べらぼうにかっこいいバンドがあるから聴いてみな」

そう言われて渡されたウォークマンから流れていたのが、ミッシェルガンエレファントのスモーキンビリーだった。

何これ...超かっこいいじゃん...

チバユウスケの他に類を見ないしゃがれ声にアベフトシのカッティング、ウエノの荒々しいベースやキュウの力強いエイトビート…その全てが新鮮だった。

俺はたちまちその轟音の虜になった。と同時に、受けるべきではない教育も受けてしまった。

俺にミッシェルを教えてくれたソイツは同時にこうも言っていた。

エルレバンプ、ラッドなんて聞いてるやつはダサいぜ」

 

当時の俺は全てを否定されたような気になりながらも、言い返すことが出来なかった。だって超カッコいいもん、ミッシェル。

それにカラオケでWeezerを歌っていたソイツはやけに大人に見えた。なんだか悔しかったのを今でも覚えている。

ちなみに少し前、その彼からレゲエのイベントに誘われた。人って変わるもんだなあ。

 

それから約10年、俺は今BUMP OF CHICKENを聴いている。

最初は懐かしさからだった。大学時代に世話になった大好きな先輩が歌っていたのを思い出したのがきっかけだった。

「ダイヤモンド」を聴いた瞬間、自然と涙が出てきた。

一度は離れた俺を、まるで古い友人のように迎えてくれるような気がした。

BUMPよ。俺を許してくれるというのか。

おおBUMPよ、まだ俺の背中を支えてくれるというのか。

 

なら俺はまだ前に進めるだろうか、きっと進める。なんかそんな気がする。

 

何回転んだっていいさ。

擦りむいた傷をちゃんと見てやるぜ。

人間に向いてない

何でもいいんだけれど、1つの作品を鑑賞した時に

心の底から「これ、まさしく自分のことじゃん!」って思えるものに出会ったことはあるだろうか。

まるで自分の生活や内面が解剖されて、分析されて作られたような作品。

これは絶対に自分に向けられて作られたものだ...そう感じられるものに出会えることはきっと幸運なことだと思う。ちなみに「この娘、絶対俺に気があるぞ...!」って思える女の子にはたくさん出会うんだけど、それが現実に反映されたことはほぼない。おかしいなあ。

その点、創作物は凄いよ。

こっちの解釈次第でいつでも味方になってくれるし。

そしてラッキーなことに、そんな作品に触れることが出来たのでここに書き記そうと思う。

黒澤いづみさんという方の著書、「人間に向いてない」である。

人間に向いてない

人間に向いてない

 

 

記事タイトルで「こいつまた病んでんのか」って思った人もいるかもしれませんが、今回はそのままタイトルとして作品名を使わせて頂きました。

大丈夫、今日も生きてます、僕。

 

ついでにこの作品のあらすじも引用させて頂くと、

ある日突然発症し、一夜のうちに人間を異形の姿へと変貌させる病「異形性変異症候群」。政府はこの病に罹患した者を法的に死亡したものとして扱い、人権の一切を適用外とすることを決めた。不可解な病が蔓延する日本で、異形の「虫」に変わり果てた引きこもりの息子を持つ一人の母親がいた。あなたの子どもが虫になったら。それでも子どもを愛せますか?     (「BOOKSデータベース」より引用)

 

要約すると、息子がグロい虫になっちゃった!どうすんのよこれ~~~!!

というお話。

勿論、中身はそんな軽いノリではなかった。

しんどいしんどい、ダウナーでガンガンにキマってた。

 

まず虫の描写が素直に気持ち悪い。

想像しやすいように書いてある文体に悪意すら感じる程だ。しかし読み進めていくと、だんだんとそんな虫に愛着が湧いてくるから不思議だ。

過保護な母親と無関心な父親、虫になったのは引きこもりになって陰鬱な感情を溜め込んだ1人息子。この構図だけで感情移入出来るのは、似たような時期を過ごした経験があるからだと思う。

1つだけ違うのは、この家族に重ねた僕の家庭が現在ではなく過去のものであったこと。

自分の生き方は自分で選べる、当たり前だけど難しい。

でもそれが出来なければ、目的もなく徘徊する虫と変わらないのか?そう感じた作品でした。

カフカの変身とよく対比されているから、そちらも読んでから比較記事が書けたらと思う。

 

オススメの作品です。

 

反省点

昨日に書いた記事を見返してみたんだけど、引用というかパロディというか、サンプリングが過ぎることに気がついた。

自分で書いといて指摘するのも変な話だけど、斬魄刀のくだりで「あっ、なんかお腹いっぱいになっちゃった…」ってなったもんだから、引用元を知らない人にとっては苦痛な記事だったかもしれない…。

まあでも、自分に合ってる文章ってのがうっすら見えてきたような気もする。黒歴史を増やした見返りはあったんじゃないかな。

俺には文学的で高尚な文はまだ書けないけど、その代わりに書けるものを書いてみたいと思う。

メンヘラポエマーにでもなってみるかな笑