その水溜りの深さは

日記

マイナンバーカードを作って免許証の住所変更をしたので今日は偉い。

テキトーに考えた歌詞を書きます。

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サビが情けないうた

作詞:僕 作曲:未来の僕

 

週末が来たってのに特にやることなんかないし

 

明日のゴミだしはビンとカンとプラスチック

 

部屋のすみに積み重なってる空き缶の山は

 

全部駅前のスーパーのプライベートブランド

 

低収入 低収入 辛いンゴ

なんJのレスバでまた時間を潰すぜ

 

低収入 低収入 辛いンゴねぇ

Yahoo!ニュースのコメント欄は地獄絵図

 

 

督促状を開くのは待ってクレメンス

 

今日は中野坂上じゃ乗り換えないのさ

 

アレクサ今日の最高気温は何度だい

 

日記

ドンキで買ったおにぎりを食ったら血便が出た。どんなに安くてももう買わないと思う。

一昨日だがまた寝言で叫んだらしい。ここ最近の生活、楽しいと思っていたけど実はストレスが溜まっててハイになってただけなのかなあ。

 

順調そうだけどゴールは見えないし、安定していそうで実は足元はグラグラかもしれない。

僕は今4人のシェアハウスに住んでいて、そのうちの1人を仮に同居人Aとしよう。ここ数日、彼が別の同居人Bのマッチングアプリを使って悪ふざけでお相手にメッセージを送っている。内容は突飛でヘンテコなのに、何故かちゃんと面白くてしっかり返信も返ってくる。ほんの些細なことだけど、「ああ、俺にはこんなに面白い文章は書けないな」と思ってしまった。

 

話は変わって、相手に好かれる為に見栄を張ったりついつい相手に合わせた自分を出してしまったりする。それが結局いい人止まりになってしまったりするのが僕の恒例のパターンなんだが、行き過ぎると自分が張った虚栄に潰されてしまうので注意が必要だ。

こういうことを面白おかしく書いてみたいが、何も思い浮かべられない。最近思うんだが、俺は多分アウトプットする能力がないというよりも、インプットする心が死んでる。心の底から感動したり、感情が激しく揺さぶられたりしたことが本当にあっただろうか。

俺は感受性がほとんど皆無に近いのかもしれない。そんな疑念に連鎖する形で地元や昔のことを考える。タラレバ言っても仕方ないのに後悔ばっかりだ。

 

心が甦るにはどうすればいいんでしょう?

 

日記

連休明けにしてはそれほど憂鬱ではない火曜日だった。仕事も特に不調ではない。

僕の職場は新人がよく辞める。僕よりも素直で勤勉な女の子が同じ部署に配属されたばかりだったが、僕よりも早くあのオフィスを去った。

4人いた同期もあと1人だけだし、彼女もだいぶ参ってるみたいだ。確かに制度がおかしいと感じるところも多いうえに電話業務が多いので辛い部分は多い、何より薄給だ。

だが正直なところ僕はまだ大丈夫そう。罵詈雑言やクレームには慣れっこだし、会社が訴訟を起こされたり二日酔いで現場を押し付けるヤツもいないし、夜はアホらしい接待で深夜まで拘束されることもない。研修がしっかりし過ぎて怖いくらいだ。昨日はだいぶ情緒不安定だったが、今は何とか前を向けそう。

在宅は通勤時間がないのが良い、通勤時間とGEOの延滞料金はこの世で最も無駄な損失の部類に位置すると信じている。

仕事のあとはひたすらターンテーブルを触っていた、上手くスクラッチ出来ないが楽しい。今持っているのは簡易的なコントローラーだが、もっとちゃんとしたのが欲しくなってきた。

いまの仕事を辞めないなら、もっと収入を上げる必要性を感じたのでお金の勉強を少しずつ始めた。胡散臭いYouTuberが関連動画に出てくるのはあまりいい気持ちはしないが、そうも言ってられない。胡散臭くても金持ってればそれはそれで正義だと思う。

今、僕の頭にあるのは好きな女の子のこと、DJのこと、収入を上げたいこと。1つはもうどうしようもないので残り2つは上手いこと時間を使ってどうするか考えていきたい。今のところ僕はUber Eatsをするくらいしか能がないのが悔しい。

それにしても、触るものが変わっただけで音楽のことはずっと意識しているなあ。

特に歌も楽器も上手くないのに。なんでだろ。

 

ライブハウスやバーでDJをやってみたい、そしてあわよくばお金を頂きたい。そして音楽と人について感じたことを書いてみたいとふと思った。ふと思ったことなのでホントかどうか自分でも分からない、明日には革職人を目指しだすかも。それでも、コロナさえなければもっと現場に行って色んなDJのプレイを見てみたいなあ。そんな時に出会ったのがカセットテープなんだけど、まあそれは別の機会に。

 

僕は要領の悪い人間だからあまり多くのことはできないし望んでもいけないので、やるべきことはしっかり見定めていかなくちゃならない。

まずは仕事をこなして、Uber Eatsでお金を稼ぐ。帰ってきたらmixを作る生活…ハードだが環境を変えたいならこのくらいは必要か。

あとはこの浪費癖を何とかしなきゃならない。

もっとお金にシビアになろう…。

日記

人付き合いは実に心に負荷がかかる。同時に他では替えが効かない満足感も与えてくれるのだが、これでは危ないおクスリと大差ない。

何が負荷になってくるかというと、自分が如何に空っぽの人間なのか思い知らされるのが主な要因。空っぽの器を何かで満たしたくて色んなものを注いできたけど、容器自体に穴があってはいくら注いでもこぼれ落ちてしまうのだ。

俺はすぐに振りほどける程度の力でしか他人と繋がれないくせに、向こうから振りほどかれることを極端に恐れてしまう。このままでは愛情も友情も執着も区別がつかなくなってしまいそうだ。我ながらここ最近は非常に情緒不安定だなあと思う。理論的な会話も具体的な解決策もいらないから誰かに泣きついてやりたいこともあるけど、そんなことされたら泣きつかれた側もたまったもんじゃないだろ。自分の感情をコントロールできないヤツが他人を受け入れられるワケないじゃないか。そこんとこが上手く出来るヤツもいるかもしれないか、ソイツは俺じゃないし。それが許されるスペックも持ってない。俺の年収が倍だったらこんなことで悩むこともなかったんじゃないだろうか。

お金が全てじゃないけれど、お金で回避できる不幸は山のようにある。でも空っぽの容器をお金で敷き詰めることは出来ない。空っぽだと思っていた器には、他のモノをいれる前に不安とプライドと疑念でぎゅうぎゅうになってしまっていたのかもしれない。

もうずっと人生を消化試合で生きているような感覚だ。中学校の頃に持っていった初日にボコボコにされたカンペンケース。俺を散々いじってたヤツは医者になったらしい。笑える。

1度でも浮気をされると今後“浮気をされている可能性がある”という選択肢が常に頭をよぎる。そうすると容器が不安で一杯になって、振りほどかれまいと必死になる。その様は滑稽だろう。被害者意識を振りかざすヤツは嫌いだ。でもホントは俺が1番そうなのかもしれない。

 

優しさも愛情も有限だ。何かで補充しないといけない。でもガソリンスタンドまで行く気力が湧かない。エンプティランプが光ってる。

これを読んだヤツは俺のことをファッション鬱だと笑うだろう。それが嫌だからここに書いてるんだよ。

学校から帰ったら寝るまで部屋にこもって楽器を触ってみたかった、自分の才能のなさに気づかずにバンドマンになるなんて豪語してみたかった。そうこう言ってたら塾の時間だ。

でも誰も悪くない、俺がそうしなかっただけ。

 

お金がないのがバレるのが怖い、だらしない体型も生活も債務状況も誰にだって知られたくない。問題を解決する前に世間から存在を隠すことで精一杯だ。

 

何で俺は満たされるんだ、分からない。

何が俺をこうさせるんだ。分からない。

だからもう全部諦めて眠るのがいい。

 

日記

一説によると、人間は年齢が27歳を越えてくると新しいジャンルの音楽を受け入れることがかなり難しくなるようで、以降は昔聴いていた曲やジャンルの音楽を好んで聴くようになるらしい。全員がそうとは限らないし、幸い僕にはまだその傾向は見られないが、映画に関してはちょっと話が変わってくる。

学生時代は毎晩のように色んな映画を見てはフィルマークスに感想を書いたり友達と考察を語り合ったりしていたのに、今では1本観るのにもかなり体力を使うようになってしまった。少し悲しい。もっと往年の名作と言われるような作品を観ておくべきだった。今の僕は多分、「ショーシャンクの空に」を観るのに3日はかかる。あれだけ毎晩観ていたというのに、タイタニックフォレストガンプもショーシャンクも未だに未鑑賞である。何を観ていたんだ俺は。トランスフォーマーなら5回は観た。風立ちぬは11回。

今もmid90sを途中で止めてしまった。何だか集中出来ない。こういう時は無理して観ることはなくさっさと寝るか別のことに切り替えた方がいい。だからブログを書くことにした。

 

今日は早起きしたのにも関わらず、ずーっとダラダラ過ごしてしまった。最近何だか無気力気味である。まあ理由は何となく分かる。

 

ついこの間、久々に会った友達がいる。毎度夜更けまで僕の話に付き合ってくれるヤツで、相当偏っているが相当頭の切れる人なので毎度話すたびに新しい気づきがあるので、彼に関してはすごいなあ、と思うばっかりだ。いやマシで。この前も僕には何かに一生懸命になるエネルギーがないことをそれとなく伝えたところ、自分が幼い頃から純粋に楽しんでいたものは何か思い出すといいと助言をくれた。

 

地元にいた時のことは、いじられた記憶と毒親(こういう表記はしたくないけどこれしかない)、塾、なんで行っていたのか全く理解出来ない習い事の記憶で上書き保存がされているのであんまりいい思い出はないのだが、いい加減その上塗りされた壁をひっぺがす必要があるのかもしれない。改修工事前のほうが意外といい物件の可能性もある。まあ改修しても改善はされてないからなあ。匠、失敗してますよ。

 

子供の頃、まだゲームが身近になかった僕は友達がドラクエポケモンの話をしているときに全然ついていなくて、お菓子の空き箱なんかでお手製のファミコンを作って遊んでた。ご丁寧に画面まで書き込んで。ただ当たり前だが悲しいことにどんなに手作りコントローラーをガチャガチャしても画面は応えてくれないので、ノートに1ページずつ戦闘シーンやイベントシーンを書き込んでゲームの代わりにしてたな、敵モンスターまとめた攻略本まで作った。

 

狂人じゃねえか。安心した、何にも狂えないとか言ってたけどそんなこともないみたいだ。

 

願わくは、その頃の気持ちが今の僕にも宿っていてほしい。

疑念

日常は上手くいっているようで、いつどこに落とし穴があるか分からない。

 

仕事はだいぶ慣れてきたし、プライベートもかなり順調だと言っていい。だがしかし、そんな時にこそ不安はやってくる。それも突然に。いいことが続くと、その分一気に悪いことが舞い込んで来るだろうと考えてしまうことが多い。ホントはそんなこと考えずに自分のやりたいことに精を出せればいいのだけれど。悪いことの1つとして、最近は人と喋ることがかなり苦手になってしまった。

 

清掃業者として働いていた頃はもっと快活に人と喋れていた気がする。友達は勿論、知らない人や可愛い女の子と喋るときももっと自信を持って接することが出来ていた。

思い返してみれば当時は仕事で人と喋ることなんてほとんどないし、あったとしても喋る相手はとてもプライベートで関わりを持ちたい人じゃなかったな。

そんな環境だからこそコミュニケーション能力が鍛えられるとともに、人と喋りたいという欲求が今よりもずっと強かったんだと思う。今は常に他者がいるシェアハウスで暮らしているし、職場の環境も悪くない。今はまだ、あの時期が底辺だと言い切れる。ただ本当にそうだろうか。

もし俺があと100日後に死ぬとして、この環境を選択し続けるかというと、そうは言い切れない。今の俺に必要なものはなんだろう。

あの辛酸を舐め続けた日々は俺に成長をもたらした。2度と戻りたくないけど、もう一度あの頃の感情を思い出すべき時がきているのかもしれない。

 

東京に来たときはお金なんてほとんどなかった。むしろ借金まみれで夜逃げみたいにここに来た。今は近場に引っ越すかどうかという問題を考えてみただけでも不安や財布の紐を気にしてしまう。

 

「何かになりたい」と考えるのは止めた。というより、考えないようにした。俺は「俺にはこれしかない」と言い切れるようなものは自覚出来ていないし、情熱とは程遠いこんな性格はこの先も変わりそうにないんだ。

ただ前よりもちょっとだけ、とりあえずやってみよう、挑戦してみようと思って行動に移せることは多くなってきた。

ライターの活動も実は継続出来ている。今は始めてアポイントから取材、記事の掲載までを1人で行うという過程を経験中だ。ただ、これしかない、これで食っていくんだというよりも本当に自分がやりたいように、やりたいことをやっているというだけという感覚。

きっとこれはそれでいい、お金を気にすることなくやりたいことが出来ているのは今の職場のお陰である。

となると、やはりそろそろ引っ越さないといけないんだろうなあ。名残惜しい。

 

でもきっと今のシェアハウスは、俺にとってかなり救いになっている。だが必要以上の救いは甘えになってしまう。

俺はもう一度、渇く必要がある。

 

https://youtu.be/H84hZXfs8Eg