遊技場
遊技台にコインを入れる。
レバーを引く。
リールが回る。
こんな単純作業を、かれこれ数時間も繰り返していた。
2019年1月11日、平日にも関わらず仕事が休みになった。
ギャンブル好きの上司に連れられた俺は、ルールも分からないまま朝っぱらからこの遊技に興じていたのだ。
この遊技場ではコインや鉛玉が紙幣と同等の価値を持つ。
1000円札を遊技台に突っ込むと、同等の価値分のコインが排出され、それを賭けて遊ぶ仕組みだ。
コイン1枚は20円の価値を持つ。
ただ、換金率とかいう比率の関係で、1000円札で排出されるコインの数は47枚。
マイナスからのスタートになってしまう。
普段使っている紙幣が別の価値尺度で全く違う価値を持つ媒体に変化するあたり、まるで外国のようだなと思う。
現に、俺が普段杯を交わすような人達にギャンブル好きはいないし、この遊技場に出入りする人間のなかで親近感が湧くような人物は一人もいなかった。
個人的な意見として、ギャンブルを否定するつもりはない。
しかし他の客達を見ていると、みんな生気の無い顔している。
金を稼ぐためなのか、当たりを引きたいだけなのか、単なる暇つぶしに過ぎないのか。
いずれにせよ、得られる対価はその時間に見合ったものなのか...。
最も、俺の周りにいた人達はそんなことを考えることすら放棄してしまっているようにも見える。
ここにいて俺が得られるものはなんだろう。
ここにいて俺が失うものはなんだろう。
時間だけは過ぎていく。
レバーを引いたままの遊技台のリールは、止まることなく回り続けていた。
memo.1
新年だから心機一転!みたいな心は俺の中には全くもって皆無なんだよな~。
でもせっかくブログも始めたことだし、ざっくりと抽象的にでもいいから今年にやりたいことを書き記しておこうと思う。
ここに限っては文章力とか表現力、文の構成とかはどうでもいい。
内容も何でもいい、エアマックス欲しい。とかでもいいや。
(エアマックスは95より97が好き)
先ずはバイクだな、うん。
1月以内に免許を更新して納車したい。
正直今の仕事よりこっちの方が全然大事である。
バイクを納車したら次は上京計画。
遅くとも5月、6月には行きたい。
てかその前に一回旅行で行ってみたい。(3月あたり?)
上京してから仕事を探すか、当てを見繕うのが先か…
住む場所はどうするか...
そして一番大事なもの、お金。
貯金して4月くらいには30万~40万は貯めておきたいな。
あとは人間的な部分。
いい意味で他人の目を気にしない人間になりたい。
人に迷惑はかけないけれど、好き勝手にやらせてもらう、そんな強さを身に着けたいところである。
...こうやって頭の中にあるものを文字に変換して可視化していくと、自分の内面や思考が確かに存在しているものだなと再確認出来る気がする。
目に見える形で残すという行為は非常に大切だ。
少なくとも俺はそう思ってる。
ブログを書き始めて日は浅いが、ふとそんなこと思った。
自分のスタイルってやつが少しづつ形成されているんだろうか…。
いや、もう25だから遅すぎるんだけどね...(笑)
あ、あとエアマックス欲しい。
掃き溜めのなかで
俺は物をよく無くす。
今まで色々な物を無くしてきた。
財布に携帯、家の鍵…。
ついこの間も、右手につけていた指輪がいつの間にか抜け落ちてしまった。
お気に入りだったのに。
すぐ見つかるような場所にある気もするし、もう見つかることがないような気もする。
どちらにせよ、今この瞬間に無いという紛れもない事実はどうしようもなく俺を苛立たせることに変わりはない。
この問題に対して、俺が強引に用意した解決策は、そもそも「持たない」ことである。
無くす物がなければ、そんなことで頭を抱えることも少なくなるはずだ。
今日はちょうど大晦日。
来年の目標って訳ではないけど、必要以上に物を持たないように心掛けたい。
そして荷物を軽くする分、身軽になった体でどこまで行けるか。
一先ず、自宅に帰って断捨離をするのが今から楽しみだ。
また、この文章を読んでくれている人がいるのであれば、今年1年を労うとともに来年もどうか元気でいて欲しいと思ってる。
それでは、良いお年を。
スリープモード
目的もなくTVをつける。
リモコンを持つ手に力は入っていない。
一通りチャンネルを転がしてみるがどこも特番ばかり。
ああ、年末なんだな。
やっと実感が湧いてきたぞ。
昨日は3時間も眠れなかった。
一刻も早くベッドに飛び込みたい。
でもなんかそれはもったいない...。
とにかく何でもいいから書いてみようとPCを開いてみた。
正直、全然頭は回ってないんだけど。
「今日の仕事」が全てを飲み込んでしまう前に、何か残しておきたい。
バイオハザードじゃタイプライターを使ってセーブするけど
俺の場合はこのブログがセーブデータみたいなものかもしれない。
こうやって書いていけば、少しづつレベルも上がっていくのかな。
少なくとも、youtubeを巡回するよりはずっといいと思う。
happy, holy(shit!),Christmas
イルミネーションはゴミだってことを分からせてくれた。
俺の大好きなロックバンドはかつて、嗄れ声を響かせそう歌っていたことを覚えてる。
勿論、光り輝く装飾に負けじとその瞳を輝かせ恋人と手を取り合う人達を否定するつもりはさらさら無い。
むしろ羨ましいくらいだ。
ただ、その歌詞がずっと頭に残っている。ただそれだけ。
思えば昔から一人でいることにあまり抵抗は無かった。
クリスマスには親にガンプラをねだって、一人で黙々と組み立てていたこともある。
正直な所、「寂しい」と口にすることはあっても、その感情を心の奥底から湧き上がる程に感じたことはあまり無いような気がする。
寂しさは弱さだ。
少し前までは本気でそう思っていた部分さえある。
仮に俺という人間を1つのプラモデルだとしよう。
そのパーツ1つ1つは、プラモを完成させる為に存在しているし、それぞれに役割がある。
だからパーツを失くしちゃいけない。
借り物のパーツなんて以ての外だ。
俺にとって、寂しさを埋めることや人の助言に従うことは、パーツを借りるという行為に他ならないことだった。
自分一人で完成させることも出来ないのに。
本当に浅はかだったと思う。
プラモにはマニュアルがあるけれども、自分自身を組み立てるとなると勝手が違ってくる。
何をパーツとするかは自分次第だし、何をもって完成とみなすかも自分次第。
ここ最近は、組み立てることからすら逃げていた。
気付かないフリをしていた俺にお灸を据えてくれたのは、大切な友人たち。
少し前の自分だったら、己のプライドを優先して耳を傾けなかった言葉達だったかもしれない。
今は、それは借り物なんかじゃない、俺が受け取ることが出来たプレゼントだったと思える。
心して組み込んでいこうと思う。
1/1スケール、時間はかかるが、完成させたい。
この数日間はそれを再確認出来た貴重な時間だった。
明日からまた仕事が忙しくなる。
今度はパーツを失くさないように、ここに記しておく。
配られたカード
こんなことを言うと随分と卑屈に聞こえるんだけど、(まあ実際そうだから仕方ない)
俺は周りにいる人間と比べると能力が低い。
人が1回で出来ることは5回やってやっと出来るかどうかだし。
人が10回かかることは100回やっても上手くいかないこともある。
自分の要領の悪さに辟易した回数は何回あるんだろう。
DIO様に一蹴されるような疑問に頭を抱えるが、しばらく時間が経ってしまえばそんな疑問や敗北感は盗人のようにそーっと俺の頭から出ていく。
だから成長しないのか...?
加えて言うと、今度は嫌味っぽくなってしまうが、(今度のはそうじゃないんだけど)
俺はいわゆる“ボンボンの息子”ってやつ。
到底敵わない素晴らしい経歴を持った両親に甘やかされて育ったクチだ。
俺がそんな家に産まれたのは
自分の能力の低さを補う為であったかのように思うことがたまにある。
しかし、それに甘えていい時期はとうの昔に終わっている。
俺はこれから何を身に着ければいいんだろう。
戦う武器をやっと見つけたのはいいが、その熟練度を上げることを忘れてはいけない。
来年は良くも悪くも自分の環境を大きく変える年になるかもしれない。
その時、生き残っていられるように。
卑屈でポンコツな俺にしか出来ない戦い方を体得しないといけないな。
a flood of circle / Sweet Home Battle Field 【MUSIC VIDEO Short.】
きっかけ
昨日書いた「書き出し」という記事を振り返ってみた。
う~ん...
どことなく、身近な友人の影響を強く受けすぎているような気もする...。
もっとオリジナリティを持ちたいと思ったり。
サカナクション - アイデンティティ(MUSIC VIDEO) -BEST ALBUM「魚図鑑」(3/28release)-