その水溜りの深さは

疑念

日常は上手くいっているようで、いつどこに落とし穴があるか分からない。

 

仕事はだいぶ慣れてきたし、プライベートもかなり順調だと言っていい。だがしかし、そんな時にこそ不安はやってくる。それも突然に。いいことが続くと、その分一気に悪いことが舞い込んで来るだろうと考えてしまうことが多い。ホントはそんなこと考えずに自分のやりたいことに精を出せればいいのだけれど。悪いことの1つとして、最近は人と喋ることがかなり苦手になってしまった。

 

清掃業者として働いていた頃はもっと快活に人と喋れていた気がする。友達は勿論、知らない人や可愛い女の子と喋るときももっと自信を持って接することが出来ていた。

思い返してみれば当時は仕事で人と喋ることなんてほとんどないし、あったとしても喋る相手はとてもプライベートで関わりを持ちたい人じゃなかったな。

そんな環境だからこそコミュニケーション能力が鍛えられるとともに、人と喋りたいという欲求が今よりもずっと強かったんだと思う。今は常に他者がいるシェアハウスで暮らしているし、職場の環境も悪くない。今はまだ、あの時期が底辺だと言い切れる。ただ本当にそうだろうか。

もし俺があと100日後に死ぬとして、この環境を選択し続けるかというと、そうは言い切れない。今の俺に必要なものはなんだろう。

あの辛酸を舐め続けた日々は俺に成長をもたらした。2度と戻りたくないけど、もう一度あの頃の感情を思い出すべき時がきているのかもしれない。

 

東京に来たときはお金なんてほとんどなかった。むしろ借金まみれで夜逃げみたいにここに来た。今は近場に引っ越すかどうかという問題を考えてみただけでも不安や財布の紐を気にしてしまう。

 

「何かになりたい」と考えるのは止めた。というより、考えないようにした。俺は「俺にはこれしかない」と言い切れるようなものは自覚出来ていないし、情熱とは程遠いこんな性格はこの先も変わりそうにないんだ。

ただ前よりもちょっとだけ、とりあえずやってみよう、挑戦してみようと思って行動に移せることは多くなってきた。

ライターの活動も実は継続出来ている。今は始めてアポイントから取材、記事の掲載までを1人で行うという過程を経験中だ。ただ、これしかない、これで食っていくんだというよりも本当に自分がやりたいように、やりたいことをやっているというだけという感覚。

きっとこれはそれでいい、お金を気にすることなくやりたいことが出来ているのは今の職場のお陰である。

となると、やはりそろそろ引っ越さないといけないんだろうなあ。名残惜しい。

 

でもきっと今のシェアハウスは、俺にとってかなり救いになっている。だが必要以上の救いは甘えになってしまう。

俺はもう一度、渇く必要がある。

 

https://youtu.be/H84hZXfs8Eg