その水溜りの深さは

田植えレンタル

疲れすぎてタイトル考える回路に通信制限かかってるみたい。それっぽいネーミング考えるのにはわりと自信あるってのはここだけの話。

 

この間、就職の報告で親に電話してみたときの話。何となく、夏ごろに引っ越したい旨を伝えると、「今のところがいいんじゃない?」との答えが返ってきた。何となく、僕に東京で一人暮らしをしてほしくないような意図を感じる。

心配してくれてるのだろう、それとも女でも連れ込むんじゃないかと思ってるのかな。

女といえば高校時代、1度も口にしたことがない好きだった娘の名前を母親が知っていた、という出来事があった。他校の人だったしどういう経路でその情報を仕入れたのかは未だに謎である。携帯のメールの履歴も勝手に見られていたことがあるし、そこから盗み見たのだろうか。誰から聞いたのか尋ねてみても、「情報化社会だから」としか答えてくれなかった。

携帯といえば高校時代、僕が仲良くしてた友達はヤンキーだったんだけど、毎日のように「携帯見せて」と半ば無理矢理僕の手から携帯を奪っては、勝手に中学の女友達にメールを送ったりされたことがある。

そんなことから、僕は人に自分のスマホを触られるのが大嫌いだ。

スマホというか、あまり素の自分を見せること自体得意じゃない。

でもバンドやDJに手を出すくらいだから、いっちょまえに承認欲求はバリバリにつよいのだ。

見せたい自分と見られたくない自分に差がありすぎるのは身体に良くない。というか傷つかないための予防線を張りすぎると、結局のところその予防線が自分に牙を剥くことになるのだ。

表現ってのは、ダイエットやお洒落と似たようなもので自分をより良く、そして好きになるための手段にすぎないのかもしれない。noteとDJが僕の表現の主なフィールドだがこれらを選んだ理由は「見せたくない自分」がインプットしてきたものを最大限放出できる可能性を感じたことも大きい。素の自分を放出できるフォーマットは常に持っておきたいもんだ。支離滅裂すぎてワケわからんこと書いてるけど、最近DJばっかり触ってたから少しは文章も書かないとなあと思ってブログ書いてる。

ここでは触れてないけど役者と物語についても書きたいことがある。でもさすがに寝る、睡眠は僕にとってものすごく大切なので。

質は全然だけど、ここで書くことを選択したことで「めんどくさーい」にはまずは一勝といったところだ。と思っている。