その水溜りの深さは

濁流

前回の更新を見返してみる。7月30日。

1ヶ月と10日間、このブログを放置してしまった。本当は次の更新で、退職決まった~!!って明るいテンションで書きたかったんだけど、お察しの通り、そうそう上手く事は進まなかったのである。

お前はまだ考えが甘い。

ここでもっと成長する余地がある。

 

なるほどなるほど。確かになと思う。

指摘されることや目の前の現実は、否定しようのない事実である、事実であるのに、心のどこかでそんな事柄に対して強烈な違和感を感じてしまうのは何故だろう。

 

そもそも成長って何だ?

成長の定義はどこにある?ふしぎなアメいっぱい舐めればいいの?糖尿病になっちゃうよ…

 

でも今はそんな葛藤は押し殺して、働く。

働く。

自意識だけ肥大化して不満ばかり漏らす人間にならぬよう、東京に行ってから待ち受けているであろうもっと過酷な環境に耐えられるよう、働く。

それが俺のなかで考えられる一種の「成長」の形なのだ。

そういえば前回の記事のタイトルは「ゆるふわ禁煙日記」だったな。

俺はいま呼吸をするようにラッキーストライクを吸っている。

呼吸をするようにラッキーストライクを吸うことは良くないことである。そんなことは誰にだって分かる。

それと同じくらい、俺にとって今の環境に耐えることは、当たり前のことなのである。